私は作新学院に通学していました。
作新学院は生徒数がものすごく多く、高等部だけで2千人を超える人数でした。
なので、高校入学と同時に様々な人たちと知り合うことになりました。
その中で、色々な感性を持った人と沢山出会いました。
当時、ヴィジュアル系バンドが流行っており、私のクラスメイトにもそのような音楽にハマっている人がいました。
そこで仲間内でバンドをやろうという話が持ち上がり、未経験ながらも音楽を始めました。
皆で楽器屋さんに行き、楽譜を買い、見よう見まねで練習を始めました。
最初のうちはノウハウが全くわからず、ライブへ出演しても身内だけで盛り上がることしか出来ませんでした。
沢山のライブに出演し、知り合いを増やし、色んなイベントにも出演させていもらい、自分もひとりの時でも休みの日は毎日ライブハウスに入り浸りました。
当然学校の勉強は全くしませんでした。
プロのアーティストになる、なんて夢を見ていました。
最初の頃は演奏する音楽は流行りのバンドのコピーでの演奏。
XJapan、ラルク、ソフィア、GLAY、ルナシー。
演奏した数で言えば相当なものでした。
私が受け持っているパートはドラムでした。皆ギターやボーカルに憧れている人が多かったので、
必然的にドラム人工が少なく、知り合いや後輩のバンドのヘルプで多いときには月に6回以上もライブをやりました。
その間にスタジオの予約を入れて、それぞれのバンドの練習に参加し、またライブ・・・
技術は相当未熟でしたが色々なステージの雰囲気を味わうことができました。
高校生の後半になると、ハイスタンダードを代表とするメロコアブームが到来。
私の周りにもメロコアを始める人が多くなり、ヘルプをするのもメロコアバンドが多くなってきました。
特にイベント等ではものすごい盛り上がりになり、お客さんの手よりも足が上がっている方が多いぐらいでした。
私の性格的にメロコアのアツイノリが気に入り徐々にそちらの世界に移っていきました。
今でも当時仲良くしていたバンド関係者とはお付き合いがあり、何かあるとすぐに集まったりします。
中にはインディーズやメジャーバンドまで上り詰めた後輩もいたりします。
知っている後輩が新星堂などでブースを設けられているのを見ると、かなり悔しい気持ちになりました。
今はもうバンドはやっていませんが、温かい季節になると、血が湧いてきます。
もう聴く側になってしまいましたが、いつしか自分に余裕ができたとき、もう一度ステージに上がりたいです。